
ご家族で甲状腺疾患をお持ちの方
ご家族で甲状腺疾患をお持ちの方
甲状腺疾患には遺伝要因と環境要因が関与するといわれており、ご家族に甲状腺の病気をお持ちの方がおられる場合、ご自身も発症のリスクが高まることがあります。特に、バセドウ病や橋本病などの自己免疫性疾患は、家族内で多発するケースが比較的多いと報告されています。しかし、甲状腺の病気は初期症状が分かりにくいことも多く、気づかないうちに進行していることもあります。そのため、ご家族に甲状腺疾患をお持ちの方がいらっしゃる場合には、少しでも疑わしい症状があればそのままにせず、早めに甲状腺の検査を受けることが大切です。
また、妊娠を希望される方は、症状がなくとも一度は甲状腺の検査を行うことをおすすめいたします。甲状腺ホルモンは胎児の脳神経系の発達に不可欠である一方、胎児自身が甲状腺ホルモンを産生することができるようになるのはだいたい妊娠20週を過ぎてからのため、妊娠の前半はお母さまからの甲状腺ホルモンが赤ちゃんの成長をサポートしているのです。いつの間にか甲状腺機能低下症が隠れていた、といったことを防ぐため、最近ではブライダルチェックでも甲状腺機能検査が組み込まれていることが多いです。
甲状腺機能異常をきたす疾患の代表であるバセドウ病や橋本病は、自己免疫性疾患です。
現代医療では完治が望めないこと(お薬なしで症状が出ない『寛解』状態とは別)、治療をしなくても健康な方とほとんど変わらない生活を送れる方もいるため、体質として説明をすることもあります。
同じ家系に多くみられる傾向がありますが、特定の遺伝子によって発症するものではなく、遺伝子検査は有用ではありません。
小児のバセドウ病では、成人発症で特徴的な典型症状(甲状腺腫・頻脈・眼球突出)に乏しいことも多く、学業不振や夜尿など、成人では現れにくい症状を見逃さないことが重要です。また、バセドウ病からくる焦燥感や不安感から注意欠陥・多動症(ADHD)と誤認されるケースも珍しくありません。また、小児は成長発達により体重増加していくことが正常であるため、ただ「体重が増えない」といった症状にも気づけるかがポイントとなります。
甲状腺ホルモンは、血流にのって全身の臓器に配られます。各臓器には甲状腺ホルモン受容体というスイッチがあって、そこにホルモンがはまりこむことでその臓器の代謝を上げる様々な作用を引き起こします。甲状腺ホルモン不応症は、そのスイッチが鈍くなってしまう病気です。イメージとしては、通常であれば1つのホルモンがあればスイッチが押されるところ、不応症の場合は3つ4つのホルモンを入れこんでようやくスイッチがおされることとなります。身体としては正常な代謝を維持したいため、スイッチを押すためにどんどん甲状腺にホルモン産生を促します。そのため甲状腺ホルモンが血中に多くある割に、普段であればホルモン過剰状態の際に脳から甲状腺に働くブレーキ(=TSHの抑制)がかからない『TSH不適切分泌症候群:SITSH』といったホルモンバランスになります。
ここまでの話であれば、特に支障はなさそうに聞こえます。実はスイッチには2種類(αとβ)あり、臓器ごとにその発現バランスは異なります。問題なのは、多くの甲状腺ホルモン不応症で鈍くなるスイッチはβのみということです。αは反応性が正常に保たれているため、αが多く発現している臓器にとっては甲状腺ホルモン過剰であり、甲状腺中毒症の被害を受けるのです。
この病気には特定の遺伝子変異(TRβ異常)が認められるため、診断のために遺伝子検査を行うことが有用です。
甲状腺に発生する遺伝性腫瘍は、主たる病変が甲状腺腫瘍である場合と、症候群などに随伴し、主たる病変が他臓器に存在するものとに大別されます。
多発性内分泌腫瘍症2型:Multiple Endocrine Neoplasia type 2(MEN2)は、RET遺伝子変異により発症します。常染色体優性遺伝であり、家族が同疾患を有する場合、スクリーニング検査によって未発症の家族の早期診断・治療につなげることが可能です。MEN2の中には2つのタイプがあります。1つは、副甲状腺や副腎に病変を併発するMEN2A、もう一つは副腎や粘膜下神経腫、腸管神経節腫、マルファン様体型を併発するMEN2Bです。
甲状腺髄様癌のみを発症する、家族性髄様癌:Familial Medullary Thyroid Carcinomaもあります。
発端者も含め第一度近親者(両親、兄弟姉妹、子供)に2名以上の非髄様性甲状腺癌患者が存在し、かつ明らかな症候群を伴わないものと定義されています。
3名以上であれば、95%以上は遺伝性と報告されていますが、2名の場合は、過半数で散発性(非遺伝性)との報告もあります。明らかな原因遺伝子は同定されておらず、遺伝子検査は有用ではありません。
びまん性甲状腺腫や腺腫様甲状腺腫の中には、まれに遺伝子異常を伴う疾患があります。その中で難聴を伴う疾患に、ペンドレッド症候群があります。ペンドレッド症候群のおよそ50%にSLC26A4遺伝子(PDS遺伝子)変異が認められており、常染色体潜性遺伝の形式をとります。理論的には、両親がともに軽度の遺伝子異常を持っていた際に25%の確率で子に発生することになります。遺伝子検査は診断のために有用です。
家族性大腸ポリポーシス、カウデン病、カーニー複合(1型)、ウェルナー症候群などの疾患では、甲状腺腫瘍の合併頻度が高いとされています。
当院では甲状腺疾患の早期発見のため、少しでも気になることがあれば、ご家族の疾患に応じてどのような検査が望ましいかをご提案し、実施させていただきます。
甲状腺ホルモン値や自己抗体の検査などを行っております。結果の解釈に注意が必要なのは、小児の甲状腺ホルモンの基準値は成人と異なるということです。特に成長期である14歳までのお子さまは、健康であっても成人基準よりも多めの甲状腺ホルモンが出ていることがあります。
甲状腺の大きさやしこりの有無、内部血流などを評価しています。しこりを認める場合、細胞診検査を行うことがあります。
甲状腺疾患をお持ちの患者さまのご家族の診察もさせていただきますので、まずはお気軽にご受診ください。むやみに全例に検査を行うことはございません。
特に遺伝子検査は、その結果次第ではご自身だけでなくそのご家族にも影響を与える可能性があるため、実施した方がよいのかどうか、考える時間を大切にしていただきたいと思います。
遺伝の検査を行う場合は、東邦大学医療センター大森病院や伊藤病院など、遺伝子検査が実施可能な医療機関にご紹介させていただきます。
院長
蛭間 重典(ひるま しげのり)
2019年 | 日本甲状腺学会トラベルグラント |
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2023年 | 日本甲状腺学会ロシュ若手奨励賞 (Young Investigator Award: YIA) |
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2024年 | 甲状腺病態生理研究会研究奨励賞 |
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