
目次
皆さんこんにちは。ひるま甲状腺クリニック蒲田、院長の蛭間重典です。
2025年6月24日、厚生労働省は抗甲状腺薬「メルカゾール(一般名:チアマゾール)」の添付文書に、急性膵炎を重大な副作用として追記するよう改訂を指示しました。この改訂は、複数の疫学研究や国内症例の集積により、メルカゾールと急性膵炎との因果関係が否定できないと判断されたことを受けたものです。
これを機に、改めてメルカゾールやチウラジール/プロパジール(一般名:プロピルチオウラシル)などの抗甲状腺薬に伴う代表的な副作用と注意点を整理します。
同薬剤を使用中の患者さまや先生方は参考にしてみてください。
※チウラジールとプロパジールは同一成分ですが本記事では並列して表記しております。
1. はじめに:メルカゾール添付文書改訂の背景
2025年6月24日、厚生労働省医薬局医薬安全対策課は、抗甲状腺薬 「メルカゾール」の添付文書中の「重大な副作用」に 「急性膵炎」 を追記するよう製造販売元に指示しました。
この改訂は、国内での症例報告や疫学研究においてメルカゾールと急性膵炎との因果関係が否定できない症例が集積したことを受けて実施されたものです。専門委員による慎重な評価の結果、「重大な副作用」として明記するのが適切との判断がなされました。
このような動きは、抗甲状腺薬使用中の患者さんや医療従事者にとって重要な安全情報です。今回の改訂を契機に、副作用の内容と注意点を改めて整理し、多くの方に安心して服用管理していただくための記事を執筆しました。
2. メルカゾールの概要と作用機序
メルカゾールは、甲状腺機能亢進症(例:バセドウ病)に用いられる代表的な抗甲状腺薬です。甲状腺ホルモンの合成酵素(TPO:チロペルオキシダーゼ)を阻害することで、T₄・T₃の生成を抑制し、甲状腺ホルモン過剰状態を改善します。
また、チウラジール/プロパジールも同様の作用をもち、一部ではより短期的な使用や妊婦の管理に用いられますが、両薬には副作用として無顆粒球症、肝機能障害、血管炎、皮膚症状など多岐にわたる反応が報告されています。
3. 添付文書改訂の詳細:なぜ急性膵炎が追記されたのか
厚労省が指示した添付文書改訂では、
・副作用分類「11.1 重大な副作用」 に新たに 「急性膵炎(頻度不明)」 を追加
・上腹部痛、背部痛、発熱、嘔吐、膵酵素の異常があれば 投与中止し適切な対応を取ること が明記されました
改訂の背景としては:
・国内で少なくとも5例の急性膵炎症例が報告され、そのうち5例中5例で因果関係が否定できないと評価された
・そのほかに死亡例は1例あったが、因果関係は否定的であった
・専門委員会による疫学文献レビューにおいても、複数の関連疑い事例が報告されており、添付文書の改訂が専門的にも妥当と判断された
その結果、改訂により急性膵炎が「重大な副作用」として明示され、使用医・患者にも明確な注意喚起がなされたことになります。
4. メルカゾール・チウラジール/プロパジールの代表的な副作用と注意点
抗甲状腺薬は有効性の高い治療薬である一方、まれながら重大な副作用が発生することがあるため、使用にあたっては慎重な観察と情報提供が不可欠です。ここでは、頻度や重症度の高い代表的な副作用について解説します。
① 無顆粒球症(agranulocytosis)
■ 発現頻度:
およそ0.1〜0.5%程度とされ、服用開始から2カ月以内に集中して発生する傾向があります。
■ 主な症状:
・高熱(38℃以上)
・咽頭痛、口内炎
・白血球減少(特に好中球の著明な低下)
■ 対応:
・初期症状出現時にすぐ受診し、白血球数を測定。
・好中球数が1000/μL未満なら抗甲状腺薬の即時中止とG-CSF投与(レノグラスチムなど)**を検討。
・使用開始後の2-3か月は定期的な血液検査(2週ごと)で早期発見を徹底。
② 肝障害
■ 発現機序:
メルカゾール・チウラジール/プロパジールともに、肝細胞障害型または胆汁うっ滞型の肝炎を引き起こすことがあります。
■ チウラジール/プロパジールに多い傾向:
特に小児や若年成人ではチウラジール/プロパジールによる重篤な肝炎が報告されており、米国FDAは小児に対して原則使用を避けるよう推奨しています。
日本でも過去に副作用による肝不全から死亡症例が複数報告されています。
■ 対応:
・肝酵素(T-Bil/AST/ALT)定期測定←AST・ALTが軽症でもT-Bil(総ビリルビン)のみ異常高値を示す場合もあり要注意
・疲労感や黄疸、茶褐色尿が出現したら即中止
・重症例では入院加療と肝機能サポートが必要
③ 発疹・湿疹(アレルギー性皮膚反応)
■ 発現頻度:
全体の5〜10%程度。発症時期は投与初期〜1ヶ月が多い。
■ 主な症状:
・発赤、丘疹、じんましん様皮疹
・かゆみや局所の腫れ
・一部は全身性薬疹やスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)へ移行
■ 対応:
・軽度:抗ヒスタミン薬や外用ステロイドで対応
・中等度以上:薬剤の中止を検討。主治医(甲状腺専門医)と相談してください。
④ 血管炎(ANCA関連血管炎含む)
特にチウラジール/プロパジールでの報告が多く、MPO-ANCA陽性血管炎との関連が示唆されています。発症は稀ですが、肺出血や腎障害を引き起こすこともあり、注意が必要です。
■ 典型的症状:
・紫斑、関節痛
・腎機能低下、血尿・蛋白尿
・咳・血痰(肺胞出血)
■ 検査と対応:
・MPO-ANCA測定
・症状があれば早急な免疫抑制療法(ステロイド、免疫抑制薬)
5. メルカゾールとチウラジール/プロパジールとの比較:副作用と選択の基準
比較項目 | メルカゾール | チウラジール/プロパジール |
---|---|---|
主な副作用 | 無顆粒球症、肝障害、急性膵炎(追記) | 肝障害(特に重篤)、ANCA関連血管炎 |
妊婦への使用 | 妊娠中期以降では推奨されない(胎児奇形リスク) | 妊娠初期に推奨(奇形リスクが低い) |
小児適応 | 一般的に使用 | 米国では基本的に避ける |
血管炎との関連 | まれ(皮疹中心) | 多い(MPO-ANCA関連) |
初回治療薬としての使用 | 日本では第1選択が多い | 特別な事情がない限り避けられる傾向 |
このように、副作用プロファイルに基づいた選択が重要であり、患者の年齢・妊娠・肝機能・既往歴を総合的に勘案して投与方針を決めます。
6. 副作用を早期に発見するには:チェックリストとタイミング
副作用の予防は困難でも、「早期発見・迅速な対応」は可能です。特に服用開始初期(〜3カ月)は以下のような症状に注意を払いましょう。
💡 初期症状チェックリスト(要受診のサイン)
症状 | 疑うべき副作用 |
---|---|
発熱・喉の痛み | 無顆粒球症 |
倦怠感・黄疸・茶色い尿 | 肝障害 |
お腹や背中の激しい痛み・嘔吐 | 急性膵炎 |
紫斑・血尿・咳・関節痛 | 血管炎 |
発赤や発疹・じんましん | 薬疹 |
🩺 推奨されるモニタリング
・血球検査(白血球、好中球):2週ごと(特に初回3ヶ月)
・肝機能検査(T-Bil, AST, ALT):2週ごと(特に初回3ヶ月)
・膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ):腹痛時に随時チェック
7. 副作用が出たときの対応と治療薬の切り替え方
抗甲状腺薬による重篤な副作用が確認された場合、迅速に薬を中止し、以下のような代替治療に切り替える必要があります。
🔁 薬剤の切り替え方
状況 | 対応策 |
---|---|
メルカゾールで無顆粒球症が出た | 抗甲状腺薬を中止、放射性ヨウ素治療または手術へ移行 |
チウラジール/プロパジールで肝障害 | 同様に中止し、放射性ヨウ素治療または手術へ移行 |
湿疹などの軽度アレルギー |
軽症なら一時的な中止と対症療法、再開の可否は甲状腺専門医が判断 |
🛑 注意:
・メルカゾールとチウラジール/プロパジールは**交差反応(副作用の再発)**の報告もあるため、原則として他の抗甲状腺薬への切り替えは慎重に行います。
・重篤な副作用があれば、**根治療法(RAIまたは手術)**が現実的な選択肢になります。
8. 妊婦・高齢者における抗甲状腺薬の使い方
🤰 妊婦への投与
妊娠中はホルモンバランスが変化し、バセドウ病の再燃や一過性の甲状腺機能亢進症が見られることがあります。
妊娠時期 | 推奨される薬剤 |
---|---|
妊娠初期(~12週) | チウラジール/プロパジール(胎児奇形リスク低いため) |
妊娠中期以降 | メルカゾール(肝障害リスク軽減のため) |
※いずれも最低用量でのコントロールが原則です。胎児への影響を最小限に抑える必要があります。
👵 高齢者での注意点
高齢者では、
・副作用の発現率が高い
・症状が非典型的(無熱性の無顆粒球症など)
・合併症(糖尿病・腎機能低下など)によるリスク上昇
があるため、慎重に経過観察し、定期的な血液検査が重要です。
9. よくある質問(FAQ)
Q1. 抗甲状腺薬を飲み忘れた場合、どうすればいいですか?
A. 1回飲み忘れた場合は、思い出したときにすぐ飲んでください。ただし、次の服用時間が近い場合は1回分をスキップし、2回分をまとめて飲むことは避けてください。
Q2. どんな症状が出たらすぐ受診すべきですか?
A. 以下のような症状が出た場合はすぐに病院を受診してください:
・発熱・喉の痛み(→無顆粒球症)
・倦怠感・黄疸(→肝障害)
・背中の激痛・吐き気(→急性膵炎)
・紫斑・血尿・息切れ(→血管炎)
Q3. 副作用が怖いので、最初から放射線治療や手術を選べますか?
A. はい、初回から根治療法(放射性ヨウ素または甲状腺全摘)を選ぶことは可能です。ただし、疾患の活動性・年齢・希望・ライフスタイルにより個別に判断されます。
10. まとめ:副作用を正しく知り、安全に使うために
抗甲状腺薬はバセドウ病の治療において最も一般的な選択肢ですが、その一方で副作用のリスクを見逃さないことが、安全な治療の鍵となります。
✅ 最後にお伝えしたいこと:
・副作用は稀でも、放置すると命に関わる可能性がある
・「熱がある」「背中が痛い」などの症状を軽視しない
・副作用の兆候があれば早期に甲状腺専門医へ相談を
ひるま甲状腺クリニック蒲田では、抗甲状腺薬の効果と副作用を十分にご説明したうえで、一人ひとりに合った治療計画を立てています。不安や疑問があれば、どうぞお気軽にご相談ください。
ひるま甲状腺クリニック蒲田
院長:蛭間重典(日本甲状腺学会専門医/次世代研究者の会NexT-JTAメンバー)
JR蒲田駅 徒歩2分|甲状腺専門クリニック|予約優先制